REPORT【記憶の継承ラボ】「記憶の継承を祈念するグローバル・ダイアログ」開催報告

2023/12/20(Fri) - 08:00

 IMPACTオープンプロジェクト「記憶の継承ラボ」は、10月28日(土)に、「記憶の継承を祈念するグローバル・ダイアログ」(主催:IMPACTオープンプロジェクト「記憶の継承ラボ」;大阪大学グローバル日本学教育研究拠点・拠点形成プロジェクト「21世紀課題群と東アジアの新環境:実践志向型地域研究の拠点構築」、共催:城山小学校被爆校舎平和発信協議会;大阪大学中国文化フォーラム)をオンラインにて開催しました。
 アジア・太平洋戦争の終結から70数年が経つ現在、日常から戦争体験者がいなくなってゆく中で、今、いかにその体験や記憶を継承出来るのかについて、「ポスト体験時代」を生きる私たち一人ひとりに問われていることを意識する必要があります。そこで、私たち環境行動学研究室は今年(2023年)6月に、次世代を担う学生たちを主体としながら戦争・戦後体験の意味を問い、未来への展望を描いていくために、オープンプロジェクト「記憶の継承を祈念するグローバル・ダイアログ(記憶の継承ラボ)」()を立ち上げました。本シンポジウムでは、ラボのメンバーである院生たちが主体となり、これまで長崎、沖縄、福島、水俣などの各地の実践家との出会いから学びを深めてきた戦争・戦後体験とその記憶の未来への継承について、研究成果報告と現地での記録写真を併せた応答を行うと共に、被爆校舎から原爆体験を伝え継ぐ長崎城山小学校平和祈念館の実践家の方々をお招きし、その取り組みについての貴重なお話を頂きました。当日は、休日にも関わらず、学内外から100名以上の方々にご参加頂くことが出来ました。

写真1. 第1部「<基調報告>アジア地域史の視座から共振する戦争・戦後体験」

 まず、私たちのラボの代表である三好恵真子先生の開会挨拶と司会進行により始まった第1部「<基調報告>アジア地域史の視座から共振する戦争・戦後体験」(写真1)では、環境行動学DCの3名がそれぞれ、写真家・東松照明が内省の中で受け止めた復帰前後の沖縄の暮らしの実相(吉成哲平)、結婚移民として日中「二つの東北」を生きる中国人女性のライフストーリー(王石諾)、そして中国環境NGOリーダーの模索から読み解かれる内発的自主性(冷昕媛)に関して発表しました。更に、上記の基調報告を踏まえ、ディスカッサントである許衛東先生(経済学研究科、当日は事前収録の動画にてコメント)からは、中国・海南島における日本占領時代の鉄鉱・鉄道開発にみる技術の継承について、また、小林清治先生は満蒙開拓、敗戦による引き揚げ、そして原発事故に翻弄されたある一人の女性の人生が示唆する事柄をお話頂きました。第1部のタイトルにもあります通り、戦争・戦後体験を「戦後日本」のみならず東アジアへと拓くとき、第二次大戦とその後の急激な社会変動が国境を越えて人びとの暮らしを翻弄してきた歴史の先に、私たちの生きる現在があることが痛感されました。

写真2. 第2部「<話題提供・総合討論>記憶の継承を祈念するグローバル・ダイアログ」

 続いて、以上の戦争・戦後体験を巡り、長崎の実践家との対話を通じた現場の声に学ぶ第2部「<話題提供・総合討論>記憶の継承を祈念するグローバル・ダイアログ」(写真2)では、はじめに「①未来に伝え継ぐべきこと『フィールドで学んだ記憶の継承への志』」として、先述の院生たちがそれぞれのフィールドで受け止めてきた思いについて、各々の心に刻まれた現場の写真をもとに報告を行いました。そして、いよいよ「②現場からのレスポンス『長崎の平和活動に込める願い』」では、長崎から山口政則様(城山小学校被爆校舎平和発信協議会・会長)と松尾眞一郎様(“天空のRAKUGAKI” drawing作家/城山小学校被爆校舎平和発信協議会・会員)にオンラインでご登壇頂き、お二人が平和活動に込める思いについて、それぞれお話を頂きました。

写真3. 城山小学校平和祈念館(2021年3月筆者撮影)

 まず、山口様からは、爆心地周辺の復元図作成や城山小学校の被爆校舎の保存運動等に尽力された内田伯様(城山小学校被爆校舎平和発信協議会・前会長)が残された「目から消え去る物は、心からも消え去る」という言葉をご紹介頂きつつ、被爆遺構の保存運動がどのように今日に至り、そして今、城山から平和を願う心のバトンが未来へつながれているのかを、平和祈念館の写真を交えながらお話頂きました(写真3)。特に、被爆以後、城山小学校で長年歌い継がれてきた合唱曲「子らのみ魂よ」の動画()に合わせた山口様の語りには、城山にて連綿と受け継がれる、原爆で亡くなった子どもたちを悼む思いと平和への願いが深く込められ、大変胸に迫りました。

写真4. “8.9_NAGASAKI_Long for Peace_2012”(松尾様ご提供)

 また、松尾様からは、ご自身が“天空のRAKUGAKI” drawing作家としても活動されているご経験をもとに、“8.9_NAGASAKI_Long for Peace_2012”という絵(写真4)を描いた際の胸中を中心にご共有頂きました。松尾様によれば、この絵を描こうとしたとき、最初は全く描けなかったといいます。しかしそのとき、平和への祈りを超えて、「自分で引き受けなさい!!」という声がご自身の内側から聞こえると共に、希望の象徴としての「虹」が身体の内に圧縮され、貯蔵されていったのだと語られました。松尾様は、被爆体験者ではない自分自身がどのように原爆と関われるのかを問う中で体験したこの不思議な出来事から、その後、「じわりじわり」と身体が動くようになっていったそうです。被爆により亡くなった「いまあえないきみ」へ向けられたこの絵には、「8月9日」が「平和という夢の基点」となるのではないかという未来への希望が込められているとのお話も、私たち一人ひとりの心に深い感銘を残しました。

 そして、以上のお話を念頭に、第2部にてモデレーターを務めた私自身が、これまで長崎を訪れる中で教えて頂いてきた大切なお話の中でも、とりわけ心に残る事柄をお二人にそれぞれ改めて伺い、参加者の皆様とも共有して頂きました。例えば山口様は、先に述べた内田様が取り組んだ爆心地周辺の復元図作成の根底にあった松山町住民の「墓標を立てよう」という志に触れて、亡くなった一人ひとりの「名前」がかけがえのない重みを持ち、それは被爆当時、城山小に在籍した児童のうち今も名前が分からない子どもたちを一人でも、二人でも探し続けていかなければならないという、今日の平和活動を支える信念にも通じていることを語って下さいました。

 また、長崎で生まれ育ったあと、京都で長年暮らし、再び長崎に帰ってきた松尾様は、ご自身が京都で開いていたdrawing教室での子どもたちとの交流の経験をもとに、決して子どもの世界が特別なのではなく、本当は子どもも大人も同じ一つの世界を生きているのに、大人は次第に世界の素晴らしさから遠ざかり、それが見えなくなっていくと述べられた上で、「とらわれない心」と「へだてない心」こそが「RAKUGAKI教室」の「RAKUGAKIマインド」であり、平和の根幹として考えていると仰られました。

 そして、以上のお話を踏まえて、今年(2023年)8月の滞在が初めての長崎への訪問となった、前述の院生である王石諾さんと冷昕媛さんから、8月9日の11時2分に城山小から爆心地の方向を向いて黙祷した際に感じたことや、原爆資料館に展示され、像も立てられている「ふりそでの少女」の絵(松添博さん・作)から受け止めた思いなどのそれぞれの感想を山口様、松尾様へお伝えし、レスポンスを頂きました。

 最後に、会場との質疑応答も兼ねた「③総合討論『他者と「共にある」ということ』」では、被爆体験者であり、長崎平和推進協会、長崎証言の会会員として現在も講演を続けておられる山川剛先生から貴重なコメントを頂くことが出来ました。山川先生は、戦争の記憶の継承を考える上で、「物を残し、人を育てる」ことの大切さについてお話され、ご自身が平和教育に携わる中で子どもたちの感想文に必ず出てくる「どうして人は戦争をするのか」という問いに大人たちは応えてこなかったこと、だからこそ、私たちはこの問いと真正面から向き合う必要があるのではないかと投げかけられたことに、私自身、大変身の引き締まる思いがしました(なお、山川先生の平和活動の歩みについては、本シンポジウム終了後に三好先生が大阪大学グローバル日本学教育研究拠点のコラムに寄稿された以下の記事も是非、ご覧下さい。)。三好先生による閉会挨拶のあと、城山小のご関係者の皆様をはじめ、会場に残って下さった方々が今回のシンポジウムから受け取ったそれぞれの思いを分かち合いました。

 長時間にわたるシンポジウムとなりましたが、おかげさまで多くの方に最後までお付き合い頂きました。閉会後、参加者からは原爆や戦争を繰り返さないために山口様と松尾様が語り続ける姿に深い感銘を受けたことや、過ちを繰り返さないために、戦争体験者が抱え続ける戦争の記憶を次世代に継承していく重要性を感じたとの声、また、実際に城山小学校を訪れたいといった、大変有り難いご感想も頂いています。

 私たちが、長崎をはじめ各地を訪れる中でいつも身に迫るものとして感じるのは、城山小学校平和祈念館の取り組みに象徴される現場の実践の重みであり、そして、そこで学ばせて頂いた貴重な経験を、研究を通じていかに未来に活かしていくことが出来るだろうかという問いでもあります。その意味で、今回のシンポジウムにて、山口様と松尾様が、ご自身の経験をもとに心を込めて伝えて下さった一つ一つのメッセージは、「戦争」や「平和」が、いま、このときに、私たちの生きている日常の暮らしと地続きであり、一人ひとりが常にその中から問い続けていくべき重要性を考えさせる、本当に代え難い時間となりました。そして、それはまた本シンポジウムの開催に際し私たちが祈念した、文化的背景の異なる人々も含めた他者と「共にある」という、「生活者の思想的営為」を未来に継承する真相を考えることに他ならないのではないかと感じています。今回のシンポジウムの成果報告は、今年度末にブックレットとして刊行させて頂く予定です。是非、多くの方にご覧頂けましたら幸いです。

 山口様、松尾様をはじめ、本シンポジウムの開催にあたり多大なお力添えを頂いたお一人お一人に、心から感謝申し上げます。

 本当に有り難うございました。

(環境行動学・博士後期課程/リサーチアシスタント 吉成哲平)